どんな道具も、正しく使わなければ、その真価を享受することはできません。
まず、カラー(首輪)とハーネスは、いずれも、ものすごく古くから使われているもので、厳しい歴史のフィルタを潜り抜け、さらに、洗練され続けてきた素晴らしい道具であることを、改めて心に留めておきたいと思います。鎌や鍬などの農機具を思い浮かべればよく分かると思いますが、すべての道具は、その洗練の過程において、より単純な形状へと遷移するものです。
カラー(首輪)はその最たるもので、余分なものは、もはや入り込む余地すらありません。一方、ハーネスは、犬ぞりのために馬具から転用されたものと考えられ、その点において、まだ未成熟なのかもしれません。様々な素材や形状のものが販売されていることからも、そのように考えることができるでしょう。
私たちが道具を利用するとき、それが何のために作られた道具なのかを正しく理解しておくのが良いでしょう。
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まず、ハーネスは、犬が後ろにあるものを「引っ張るために作られた道具」です。それを聞いてハッとしませんか? 引っ張るための道具を付けておきながら「引っ張るな」としつけようとしていませんか。それで、「踏ん張られるとハーネスは抜ける」などと言う。そうりゃそうでしょ!
だからどんどん引っ張ればいい。イケイケどんどん。そして緊急停止も大丈夫。引っ張っても犬に負担は少ないから。ただその分、その時の飼主の体力的負担は大きくなります。なにせ、重心で引っ張っているのだから。もうお分かりのように、ハーネス装着時の、犬と飼主の正しい位置関係は「犬は、飼主の前」それしかありません。前を先導する犬に「引っ張るな」ということのナンセンスを感じてください。
また、装着方法はかなり難易度が高いと感じています。かなり経験を積む必要がありそうです。私自身も未熟です。しっかり締めてもズレてくることが多いし、座れなくなったりもする。少し長く走らせるだけで脇が擦れてただれてしまう。巷で扱われている市販のものは、運動しない犬のためのものなのかもしれない。本場の犬ぞり用のハーネスを試してみたいが、手に入れる術を知らない。
次に、カラーは、係留時や、飼主が先導して犬を「目的の場所に連れていく」ために作られた道具です。引っ張るための道具ではないから「引っ張らない」ことを教えるためには、比較的向いていることになります。取り付ける場所は耳のすぐ後ろ。首の長さや太さ、頭の大きさに関わらず、必ず耳のすぐ後ろ。これが下にズレてくるといろいろと問題が起こります。そのためには、まずカラーをしっかり取り付けることが大切。「苦しそう」だからという理由からか一般的には緩すぎます。あそびは人差し指1本程度で充分です。自分の首にその程度の締め具合で取り付けて見ればすぐに判りますが、別に苦しくも何ともありません。この締め方であれば、どんなに踏ん張られても、頭蓋骨の大きさにより、抜けてしまうことはありません。逆に緩いと、首にこすれて毛が抜けたり、傷ついたりしてしまいます。耳のすぐ後ろに取り付けるのは、単純な力学的な理由です。なるべく重心から遠いところを制御点(力点)にした方が、より少ない力で動かせるからです。逆にそうでないと、首への負担が大きくなり、制御もしづらい。悪いことばかりです。
このとき忘れてはいけない大切なこと。犬と飼主の正しい位置関係は「犬は、飼主の横か後ろ」です。これも力学的な理由です。犬の首は、下にある重たい胴体から斜め上前方へ伸びています。重さのある物体から斜め上前方に突き出た棒を、その棒の先端付近につけられた紐を引っ張って制御しようとするとき、最も安定して制御できるのは、前へ引っ張ることです。その次は横へ引っ張ること。ところが、後ろへ引っ張るのはどうでしょう。棒は上方向へ曲がるか、折れる。もしくは、のけぞる格好で前足が持ち上がることになる。最悪です。
「逃げ」がキツイ子には、ダブルカラーが使われることがあります。これはカラーが引きちぎられることを想定したものです。ただ、その考えを進めていくと、ダブルでダメならトリプルか、トリプルでダメなら、、、なんてなりかねない。その前にやることが山ほどありそう。まずはそちらに尽力した方がよいでしょう。
私がちょっと「ひどいなぁ」と感じたのは、カラーとハーネスのダブルリードという道具の使い方です。このダブルリードとは、Y字型のリードで分岐した2つの紐の先にそれぞれサルカンが1つずつ付いています。カラーとハーネスに付いているそれぞれのDカンを、その2つのサルカンに結ぶ、というものです。この道具の奇妙さは、上の理論的説明をよく読めばわかると思います。この場合、犬が前にいるときに有効なリード(制御に使える主なリード)は、カラーに付けられているものです。そして、犬が後ろにいるときに有効なリードは、ハーネスに付けられているものです。犬と飼主の正しい位置関係が、まったく逆。両方とも最悪のケースです。効果的に道具が使えるのは、犬が横にいるときのカラーだけです。つまり道具の工夫はほとんど意味をなさないのではないでしょうか。
上で書いた理論的説明は、カラーとハーネスを正しく装着した場合に限っての話です。正しく装着していないことを前提とするならば、ひどいも何も、言葉はございません。
どのように考えたら、そのような使い方が「正しいもの」として導かれるのでしょうか。道具をたくさん売りたいだけなのか、と勘繰りたくなります。